日枝神社 流鏑馬まつり

日枝神社流 鏑馬まつり

行事の歴史及び内容

【歴史】
伝承によれば,第51代平城天皇の大同2年(807年),近江国坂本村鎮座日吉大社(比叡山鎮守)よりご神体を迎え,東城寺(東成寺)(延暦15年(796年)建立)の鎮守として,また五穀豊穣の作神として創建されたといわれる。境内には中世の遺物として,永生8年(1511年)奉納と刻まれた石灯籠があり,県の文化財に指定されている。
宝永5年(1708年)土浦藩領となり,正一位沢辺山山王権現の称号を贈られ,明治6年(1873年)周辺9カ村の総社として「日枝神社」となった。

【祭礼】
毎年4月の第1日曜日に例大祭・流鏑馬祭がとり行われる。古い記録では「右京記」に,永長元年(1096年)白河上皇がご覧になったことが記されている。
境内の馬場約150メートルに3つの的が立てられ,旧志築藩の弓の名手,市川将監が次々と鏑矢を射ていく。騎射は7回行われ,射た矢や的を皆争って持ち帰り,その年の豊凶を占ったり,魔よけにしたりする。農業の豊作を願う流鏑馬の行事は全国でも珍しく,大猿退治という物語性を持つという点でもあまり他に例を見ない。
近江坂本の日枝,東京赤坂の日枝と並んだ日本三大日枝流鏑馬まつりとして,千年の歴史を持つ,勇壮にして古式豊かな祭りである。平成6年(1994年)茨城県無形民俗文化財に指定された。

【流鏑馬の主役三人】
・一つ物(人身御供となる稚児)
・小神野従羅天(小田氏の代官として山の荘地方を治めていた人物)
・市川将監(旧志築藩の弓の名手)
※流鏑馬祭は現在も小神野従羅天・市川将監の子孫が代々務めている。

【大猿退治の伝説】
室町時代,山王権現のコウカの木(ねむの木)の根元に悪事をはたらく大猿が棲みつき,毎年人身御供を要求して村人を困らせていた。その大猿を小神野従羅天が見つけ,市川将監に退治を依頼した。将監は見事大猿を仕留め,村は平和になったという。

行事主催者

日枝神社流鏑馬保存会

開催時期

毎年4月の第1日曜日に開催

※変更・中止等の場合もありますので行事主催者にご確認ください。

開催場所

日枝神社
JR常磐線「土浦駅」より車で20分
常磐高速道路「土浦北インターチェンジより車で10分」

行事に関する連絡先

住所:〒300-4107 茨城県土浦市沢辺小野東城寺入会地127-1
電話:029-862-2815

行事HPアドレス

土浦市HP
http://www.city.tsuchiura.lg.jp/page/page001137.html
(一社)土浦市観光協会HPより
http://www.tsuchiura-kankou.jp/tanoshimu/event.html

行事開催に関する写真

弓の名手「市川将監」

境内の馬場(150m)を計7回走り抜ける市川将監

市川将監が弓を射る

境内の馬場(150m)3か所の的に向け騎射する様子

馬上の小神野従羅天

代官を務める小神野従羅天が大猿を見つけ退治する

一つ物人身御供となる稚児

大猿に人身御供を差し出す様子

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